音のない世界 松原耕二

あの感覚を今も体が覚えている。時間が止まったかのような、音のない世界。
耳に入るのは防護服の中に響く、自らの息遣いだけだった。
どこまでも広がる瓦礫の山。
ふと足元を見ると、泥だらけの赤いランドセルから、
女の子の名前が置かれたノートが顔を出している。「遺体が見つかったぞ」。
静寂を引き裂くような警察官の叫び声に、私は体をピクリと震わせた。
3·11の東日本大震災から1ヵ月、福島第一原発から10キロ圏内への初めての捜索に、
同行取材した時のことだ。原発から6キロほど北にある浪江町請戸地区。
顔を上げると原発の煙突が目に入る。放射線によって創作が阻めれなければ
救われた命もあったに違いない。声を上げても、上げても、届かない。
どれだけ無念だっただろう。
帰りの車窓から見た風景も、まぶたに焼き付いている。
満開の桜が、道と言う道に咲き誇っていたのだ。人の気配が消えても、
変わらず命をつなぐ桜の美しさは息を飲むほどだった。
それから毎週のように福島に通ううち、自分の中に確信にも似た思いが生まれるのを感じた。
原発事故がもたらす不条理は人間社会が許容できる限度をはるかに超えている。
もういい加減、立ち止まらなければならない、と。
あの日からまもなく10年、私たちは少しでも世界を変えることができたんだろうか。
中日新聞2021年 3月3日水曜日夕刊「紙つぶて」より。