空蝉の如く我もここにありきと・・・
あまりに個人的な生活の足跡です。
可愛い2人の息子娘虎の子ちゃんとだるまちゃん、
そして凛として何でもこなす妻。
齢を重ねても精神的にパンクでソウルフルでいられるのは
この人たちのおかげなのです。
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< September 2019 >>
RECOMMEND
Land of Milk and Honey
Land of Milk and Honey (JUGEMレビュー »)
Eliza Gilkyson
ジャケットからくるイメージ、王道のカントリー声で歌われる曲の良さ。他のアルバムもいいですが私にはこれが最初に出会ったアルバムなのでお気に入りです。
それでも「日本を守ってもらってる」という感覚は 理解できない。
category: 人殺し反対 | author: とらひげ

在日米軍による事件事故は1952年から2012年までに
公務上、公務外合わせて209,109件、日本人死者は
1,090人となっています。
これには占領下の沖縄での数字は入ってないので
それを加えると何万という日本人が傷つけられ殺されて
いることになろうかと思います。
強姦された女性は何万、あるいは何十万人に
なるかもしれません。
それでも「日本を守ってもらってる」という感覚は
理解できない。

 

出典は林博史さんの本からです。

 

69622007_2483712561918180_6240574720740163584_n.jpg

comments(0) | trackbacks(0) | - | - | PAGE TOP↑
南京大虐殺に関わった兵士の私記
category: 人殺し反対 | author: とらひげ

南京大虐殺に関わった兵士の私記。
強姦、略奪、隠蔽のための殺戮。自分の行った残虐非道行為を
赤裸々に、その時の気持ちを反芻しつつ載せている。
一冊は一気に読んだ。私たち人間は何でこうも破壊的に
なれるのだろう。
百聞は一見にしかずと言うけど、
映像などでは語りきれない狂気がここにある。

 

古本屋で見つけて購入、妻に話したら既に30年前に
購入して読んでいるとのことだった。実家にはまだまだ戦争本は
あるそうなので、送ってもらうことにする。

 

上海出兵後、しばらくは日本に帰れると思っていた兵士たちに
南京侵攻の命令がくだる。川の向こう側には敵兵が銃を構えて待ってる。

何度も何度も突撃し、川で撃ち殺され、多くの兵士の死体で人橋ができ川を越えさらに進攻。
食べ物が不足し、物資救援も見込めなかったため、作戦本部から
現地調達命令がでる。つまり、奪って食え。
この命令が末端の将兵を狂わせ食糧強奪のみならず女性を見つけると強姦した。

国際都市上海の目と鼻の先で起きたことから
この事が国際問題となる。
国際調査団なども乗り出して、日本国内に知れ渡れば聖戦で
ある大義が失われて国内批判にも繋がりかねない。
すぐに上層部は挑発を禁止した。
だが、飯を食わずに戦えとの不合理の命令に従う事も出来ず
微発を続け、口封じのために虐殺を繰り返した。

67914586_2361915003844033_2798377819925643264_n.jpg

comments(0) | trackbacks(0) | - | - | PAGE TOP↑
3発目の原爆
category: 人殺し反対 | author: とらひげ

マンハッタン計画の最高責任者であるグローブスが
トルーマン大統領のもとを訪れた2日後の
1945年4月27日にグローブスは、
原爆を日本のどこに投下するか話し合う、『目標検討委員会』に出席した。

ここに大統領だったトルーマンやその側近は出席していない。
話し合いの結果以下の17か所が選ばれた。

(川崎、横浜、東京湾、名古屋、京都、大阪、神戸、広島、呉、山口、下関、小倉、八幡、福岡、佐世保、長崎、熊本)。

その中で、京都と広島が有力候補に上がり、
グローブスは京都を上げた。その理由についてグローブスは、「京都は外せなかった。

最初の原爆は破壊効果が隅々と行き渡る都市に落としたかった。」と語っている。

38777329_1813744168661122_5433131503431188480_n.jpg38869729_1813753405326865_778703409288052736_n.jpg2217_123449201448.jpg

comments(0) | trackbacks(0) | - | - | PAGE TOP↑
8時15分
category: 人殺し反対 | author: とらひげ

日陰にいたし、たまに涼しい風。

 

だけど、如何せん人が多くて人の汗のすえた臭いが漂ってる。

 

青空。

 

73年前の今日、青が一瞬にして赤と黒の世界に変わったんだな。

 

安倍さんの話は嘘くさくてこっちが恥ずかしい。

それにしても話が終わるとそそくさと帰る人たちいる。

隣の婆さん2人は写真を撮るのに必死。

私の立ってる縁石の上を譲ってあげた。

どうぞ、私はあんなの見たくもないので。

 

38454855_1807477985954407_4408562515189956608_n.jpg

38506625_1807478122621060_337325455822553088_n.jpg38524642_1807477949287744_680271602201395200_n.jpg38614619_1807477935954412_5064129302296002560_n.jpg

comments(0) | trackbacks(0) | - | - | PAGE TOP↑
旧日本銀行内、地下の展示室
category: 人殺し反対 | author: とらひげ

爆心地からわずか380mでも原型をとどめている旧日本銀行内。
一時的に救護施設となった。
3日目には金融を再開。因みにNHK広島は25日後に放送再開。

 

38462765_1807215889313950_7392824015720546304_n.jpg38481199_1807215785980627_2886721702316736512_n.jpg38496492_1807215865980619_4801881017268830208_n.jpg38612455_1807215592647313_7587816647650443264_n.jpg38614799_1807215759313963_3860272492035702784_n.jpg38661908_1807215752647297_8552018423142416384_n.jpg38693294_1807215602647312_979650708431175680_n.jpg

comments(0) | trackbacks(0) | - | - | PAGE TOP↑
許せまじ原爆
category: 人殺し反対 | author: とらひげ

爆心地1、6キロの自宅で被爆し、奇跡的に家族4人とも生き残った
早志百合子さんは昭和30年に高校を卒業して地元バス会社に
就職した。バスガイドになった彼女。毎度、橋にさしかかる時に
この「許すまじ原発」歌うというマニュアルがあったそうだ。
スマセン、「許せまじ原爆」でした。
それで、その後に被爆体験を話さなければなり、

それが嫌でしょうがなく
向いていたけど辞めてしまったんだよ。

comments(0) | trackbacks(0) | - | - | PAGE TOP↑
原爆と戦争展
category: 人殺し反対 | author: とらひげ

原爆と戦争展、アメリカの国に対してより

科学と経済とそれを統治する政治に抑えきれない怒りをかんじました。

 

38440204_1806479092720963_8621745512090959872_n.jpg

38444357_1806478502721022_397047405570162688_n.jpg38449002_1806478812720991_7003169825119797248_n.jpg38471701_1806479019387637_3902068893262282752_n.jpg38473782_1806478546054351_7974800030018043904_n.jpg38474487_1806478669387672_4314044153454395392_n.jpg38485086_1806478896054316_2844706532635967488_n.jpg38519085_1806478529387686_3189568685400391680_n.jpg38614798_1806478909387648_1721868709842124800_n.jpg38662877_1806478712721001_3808396094623186944_n.jpg38685923_1806478699387669_4623440493513015296_n.jpg

comments(0) | trackbacks(0) | - | - | PAGE TOP↑
明治以来の2大国策 富国強兵と殖産興業
category: 人殺し反対 | author: とらひげ

日本の2大国策は、第一次産業の農業を軽視、差別し、

そこに現れた公害の犠牲を無視する事ではじめて成立しえた。

これは戦後に日本にも脈々と受け継がれている。

 

当時は日露戦争勝利に福沢諭吉をはじめとする多くの思想家達が

熱狂し、軍備拡張政策の強力な後押しとなった。

「日清の戦争は文野の戦争なり」

「大に軍費を拠出せん!!」

「満清政府の滅亡遠きに非ず」

「直に北京に衝く可し」

これが有名な格言「人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」を

作った人の言葉ですよ。

 

補足
これは明治15年に福沢諭吉が創刊した日刊紙「時事新報」での、自身の寄稿のタイトルです。
実は今の産經新聞のルーツです。

 

 

 

 

efabc418.jpg

comments(0) | trackbacks(0) | - | - | PAGE TOP↑
沖縄の心
category: 人殺し反対 | author: とらひげ

天気がいいね。空が青いこと・・
この言葉が閉ざした心の扉を開けてくれますように。

 

comments(0) | trackbacks(0) | - | - | PAGE TOP↑
ここからどんどん忘れ去られてきた
category: 人殺し反対 | author: とらひげ

1945年8月15日の正午・・・

戦後まもなく総理大臣となり戦争調査会を立ち上げた

幣原喜重郎は、外出先で玉音放送を聞いて、電車で帰路につく。

 

車内で30代の男が叫んだ。

「いったい君は、こうまで日本が追いつめられたのを

知っていたのか?なぜ、戦争をしなければならなかったのか?

おれたちは知らん間に戦争を引き入れられて、知らん間に

降参する。けしからんのは我々をだまし討ちした当局の

連中だ!!」男は泣き出す。

他の乗客もこれに同調して騒ぎ出す。

幣原喜重郎自身も「至極、最もだ」と心に刻んだとしてる。

 

主だとされる戦犯者は巣鴨プリズンに投獄され、

各省庁官舎からは書類を燃やす煙が立ち上っていた。

 

photo.jpg

comments(0) | trackbacks(0) | - | - | PAGE TOP↑
new old
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
LINKS
PROFILE
OTHERS
SEARCH