空蝉の如く我もここにありきと・・・
あまりに個人的な生活の足跡です。
可愛い2人の息子娘虎の子ちゃんとだるまちゃん、
そして凛として何でもこなす妻。
齢を重ねても精神的にパンクでソウルフルでいられるのは
この人たちのおかげなのです。
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Land of Milk and Honey
Land of Milk and Honey (JUGEMレビュー »)
Eliza Gilkyson
ジャケットからくるイメージ、王道のカントリー声で歌われる曲の良さ。他のアルバムもいいですが私にはこれが最初に出会ったアルバムなのでお気に入りです。
ファーブルさんはいった
category: 突き刺さった言葉 | author: とらひげ

ファーブルさんはいった
どんな王宮だって、優美さにおいて精妙さにおいて
一匹のカタツムリの殻に、建築として到底及ばない
この世の本当の巨匠は人間じゃない

 

ファーブルさんはいった
この地球上で人間はまだしわくちゃの下書きに過ぎない
我々貧しい人間が授かったもののうちで
一番人間らしいものはなんだろうか?

 

ファーブルさんはいった
モノの不思議をたずね、辛抱強く考え抜く事
探求はたくましい頭を必要とする労働だ
耳で考え、目で考え、足で考え、手で考えるのだ

 

ファーブルさんはいった
理解するとははげしい共感によって相手に
むすびつくこと
自然という汲めど尽きせぬ一冊の本を読むには
まず身をかがめなければいけない

 

「ファーブルさん」長田弘 より

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銀行とは本来、儲けるべき業種ではないのです!!
category: 突き刺さった言葉 | author: とらひげ

銀行とは本来、儲けるべき業種ではないのです!!

銀行のみならず金融業は儲けるためのものでありません。

 

なぜなら、それはお金という血流をスムーズに回すための

社会の公器であって、血管が肥るようでは血流が細るのは

自明だからです。

 

経済とはあくまでも実態価値を作り出す人たちのものであり

金融業が支配する社会はロクなものじゃありません。

ですから、その本質に基づいた信念のある金融業、ひいては

健全な社会に生まれ変わらせる必要があるのです。

 

「私が総理大臣ならこうする」大西つねき著 より

 

ほんとにそうだよ、お金(借金)でお金(借金)を産み肥らせる

実体のない経済にいまこそ、メスを。

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誰もがシングルマザー
category: 突き刺さった言葉 | author: とらひげ

母系社会モソ文化の本「女たちの王国」はボーヴォワールの
「第二の性」に匹敵するほどのインパクトがあった。
日本社会での女性社会進出やシングルマザーといった事柄にも
一石を投じることができると思う。
政治に携わる人は是非読んでほしいな。
著者は中国の典型的な父系社会に育っている。
現在はモソ人として暮らし、いかに女性がこの世界で貶めらているかについて説いてる文があるので、以下より抜粋します。

 

中国の女性は生まれた瞬間から、女である事を理由に序列は
男兄弟の後、家族の末席に追いやられる。
父親中心の父系家族で不可欠の家族として見なされないのは
父親の血は一家の男児の血を通じて唯一継承されていくからだ。
女の子の教育やしつけにほとんど関心が払われないのは
娘はいずれ家を去り、他家に嫁いでその家の人間になってしまうからで、

その時点で実家との父系的な絆はほとんど消滅してしまうのが大きな理由である。
これ以降、彼女は夫とともに築く新しい家だけを自分の居場所として、

新たな親となった夫側の父系家族にその一員として仕える事になる。

嫁として夫の父系家族に入った彼女は、日を置かず自分の身のほどを知る。運命は実家にいた頃より過酷だ。
嫁として夫に従わなくてはならず、夫の要求にいっさい口答えせず、

食事を用意し、夫と夫の家族の面倒を見て、子どもを産まなくてはならない。
生まれた子どもは自分のものではなく、夫や夫の家族のもの。
また従順な義理の娘として夫の両親に従わなくてはならず
年寄りがあれこれ言うたびにそれに仕えなくてはならない。
実家に逃げ帰る事はほとんど許されてはいないが、どの道実家に戻っても家族の一員とは最早見なされない。

 

私に宿るモソ人は、中国女性に対するこのような扱いを全く理解できない。

このような形で女性を意図して貶めるなど、どのような社会であれ正気だとは思えないのだ。
こんな扱いに値する女性が一人として存在しないのは、
女性が九ヶ月に及ぶ産みの苦しみの果て、新しい生命を一家に授ける唯一の存在だからだ。

その女性から生まれた子どもを彼女や彼女自身の家でなく、

部外者である夫の家のものにするのは明らかに良識を欠いているようにも思える。

へその緒を通じ子どもは生まれながらに母親とは血が繋がっている。子どもははじめから母親のものであり、

母親の生涯を通じてそうであるべきであろう。母親の実家にしても、

血縁を通じで娘とはしっかり繋がっているのに、これを見捨てるのはなおのこと奇妙としか思えない。

中国の伝統的な文化のもとにあるこの女性が、不幸にも愛人を囲うような見境のない男に嫁いだ場合、

彼女は他の愛人も家族として認め、愛人が産んだ子どもは自分と夫の子どもとして受け入れると言う、

二重の屈辱に甘んじなければならない。最悪なのは、父系社会のもとでは夫は一夫多妻は認められているが、

同じような行為を女性がしようものなら命の危険が伴う。

 

私の中のモソ人には、男性だけを優遇する父系社会の習慣は不公平な事この上なく、理不尽なほど不平等だ。
誰しも同じような欲求や本能を抱えているにも関わらず、
社会の半分の人間には性的な自由を謳歌する機会を認め、もう半分にとっても自然で

当然であるものをダメだとして認めようとしない。そんな社会であってはならないだろう。

 

昔ながらの伝統のはびこる中国の風景を見渡し、その中で子どもを抱えたシングルマザーを認めた時、

私は正直ビックリした。中国社会ではシングルマザーは最底辺の存在として扱われているのだ。

夫がいないので、結婚を通じて社会的地位が確認されず、また子どもに対する父権を主張する男親がいないので、

母子ともに社会から完全に疎外されてしまい子どもは私生児として死ぬまで嘲られ、仲間はずれにされる。

 

古き中国社会に見られるシングルマザーへの辱めは、モソ人からすれば馬鹿げたものでしかない。

女性こそ命を産み出す唯一の存在で、諸手を上げて子どもの誕生を祝う権利はどのような女性にも授けられている。

これは女性だけに約束された特別な地位なのだ。出産という営みでは、男の役などたかがしれてる。

誰もがめいめい一人で分娩に向き合うなら、ある意味では女性という女性は誰もがシングルマザーと言えるだろう。

そして、シングルマザーと彼女の子どもに最後まで手を差し伸べるのは、

彼女の実家に課せられた義務であるのは間違いない。

とりわけ、赤ん坊として新たに授かった命が嘲笑されるような目にあってはならない。

 

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詩人の仕事とは
category: 突き刺さった言葉 | author: とらひげ

詩人の仕事とは、、沈黙を言葉でゆびさすこと。

人生は受容であって戦いではない。

戦うとか最前線だとか 戦争の言葉で語るのはよそう。

たとえ愚かにしか生きられなくても

愚かな賢者のように生きようとは思わない。

私たちは愚か者として生きるべきである。

賢い愚か者として生きるべきである。

明窓半月、本を置いて眠る

ー長田弘ー

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なくてはならないもの
category: 突き刺さった言葉 | author: とらひげ

日々の悦びをつくるのは所有ではない。

草。水。土。雨。日の光。猫。

石。蛙。ユリ。空の青さ。道の遠く。

何一つ私のものはない。

 

空気の澄みきった日の午後の静けさ。

 

川面の輝き。葉の繁り。樹影。

 

夕方の雲。鳥の影。夕星の瞬き。

 

特別なものなんてない。

 

大切にしたいありふれたものがあるだけ。

 

素晴らしいものは誰のものでもないのだ。

 

真夜中を過ぎて、昨日の続きの本を読む。

 

「風と砂塵の他は何も残らない」

 

砂漠の歴史の書には、そう記されている。

 

「全ての子はただ死ぬためのみこの世に生まれる。

 

人はこちらの扉から入って、あちらの扉から

 

出て行く。人の呼吸の数は運命によって

 

数えられてる。」

 

この世にあることは切ないのだ。

 

そうであればこそ戦争を求めるものは

 

何より日々の穏やかさを恐れる。

 

平和とは平凡きわまりない一日のことだ。

 

本を閉じて目をつぶる。

 

おやすみなさい。すると・・・

 

暗闇が音ない音楽のようにやってくる。

 

「なくてはならないもの」より 作・長田弘

 

 

美しい言葉の紡ぐ人。しかも彼の哲学は私にとっては
どれも的確なのです。

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今週のナイスな一言。
category: 突き刺さった言葉 | author: とらひげ

今週のナイスな一言。
「浜松市は水道民営化があやぶまれていますが、
すでに鈴木康友市長はずいぶん前から民営化されています。」

 

鉄格子の部屋で

 

鉄格子の部屋で 夜明けを迎えようとしてる
汚れた壁にもたれ 眠れないトンネルの朝
諦めてしまったことを思い返している

 

誰の声も聞かない 入れ知恵はもうたくさんだ
普通だよ当たり前、常識だろそんなことは
そうやって空くじばかりをいつも引かされる

 

テーブルマナーさえ守っていれば
この町じゃまず食いっ逸れはないけど

バスターミナルのベンチが僕の居場所だった
誰もいない
バスターミナルのベンチが僕の寝場所だった
どこかで誰かが泣いていた

 

好きなことは「好き」とはっきり言うべきなんだ
嫌なことは「嫌だ」はっきり言うべきなんだ
見えない圧力なんかに怯えないでくれ

 

鉄格子の部屋で夜明けを迎えようとしてる
ベンチで寝ていただけ、それさえ許されないこと
ここを出たら仕事を探さなきゃいけない

 

テーブルマナーさえ守っていれば
この町じゃまず食いっ逸れはないけど 今は

バスターミナルのベンチが僕の居場所だった
誰もいない
バスターミナルのベンチが僕の寝場所だった
どこかで誰かが泣いている

 

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主語が複数になると述語が暴走する。
category: 突き刺さった言葉 | author: とらひげ

右翼の鈴木邦男さんが森達也さんから対談のときに

聞いた言葉らしいけど、実に的を射てる。

 

主語が「私」だと皆、よほど身勝手なひとでなければ

謙虚に話をするし自己批判もする。日本人のいいとこだな。

だけど、主語が「我々」になると自分のことが客観的に

見られなくなってしまう。

「我々」という言葉を使う時は、右翼、左翼、宗教、市民運動

などの共通項を持っている。

たまたま、その場、時間を共有しただけでは「我々」とは

言わない。映画、芝居、で集まってる人たちの間では

「我々」という言葉は使わない。

 

「私」が主語なら「ちょっとその辺はわかんないんだけど・・」

などと言えるが、しかし、「我々」となると迷いはすっ飛ぶ。

「断固**すべしです!!」「**を阻止せよ!」となる。

「我々」としてまとまり、一つの意思として運動することになる。

 

私も常に感じている違和感。

「私たち」という言葉が使われる度、「その中に私も入っちゃってるの?」

って思う。ある時は居心地が良く、時には不快になる。

たとえ平和運動で集団の中にいても、それを押されて歌いたくは

ないし、常に自分個人の考えを重視して行きたいと思う。

 

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ジョンが言いそうな言葉だけど
category: 突き刺さった言葉 | author: とらひげ

何事も最後はうまくいく。
うまくいかなれりゃそれは最後じゃない・・

 

マーベルコミック原作のデアデビルのドラマの中で

神父がボロボロのヒロインに対して引用した言葉。

ジョン・レノンがほんとに言ったどうかは定かではないけど

言いそうな言葉だ。

ジョン自身はもういないけど、皮肉にも彼の歌や

言ってたことは今も生きてるし、まだ最後じゃない。

 

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ネトウヨ、ネトサヨに絡まれたらこの言葉を引用したらどうかな。
category: 突き刺さった言葉 | author: とらひげ

彼らは、自分たちの話が、軽率であやふやであることは

よく承知している。

彼らはその話をもてあそんでいるのである。

言葉を真面目に使わなければならないのは、

言葉を信じていうる相手の方で、彼らにはもてあそぶ

権・利・があるのである。

話をもてあそぶことを楽しんでさえいる。

何故なら、滑稽な理屈を並べることによって、

話し相手の真面目な調子の信用を失墜出来るから。

彼らは不誠実であることに快感を感じているのである。

何故なら、彼らにとって問題は

正しい議論で相手を承服させることではなく、

相手の気勢を挫いたり、とまどいさせたりすること

だからである。

 

「ユダヤ人」ジャンポール・サルトル著より

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資本主義のルールをぶっ壊した東電
category: 突き刺さった言葉 | author: とらひげ

東電は、企業経営の観点からもモラルハザードを引き起こしています。

福島の事故処理で国が、東電にお金を貸していた金融機関も

株主も免責してしまったからです。

 

資本主義のルールでは、金融機関はお金を貸す時、その会社が

事故を起こして貸したお金が回収できなくなるリスクを考えなければ

なりません。ところが事故を起こしても国が保証してくれる。

リスクがないとなれば、金融機関はたとえどんなに危なくても

カネのために動かしてもらった方がいいことになる。

おかしいでしょう。

資本主義の倫理が働く形になってないんですよ。

株主も、事故を起こしたら投資したお金が焦げ付くとなれば

皆で会社を監視する。

そうして安全文化が育つんです。

ところが株主も免責されてしまった。

 

泉田裕彦元新潟県知事の発言より

 

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