2018.01.15 Monday/22:35 |
インフルエンザ |
一昨日辺りから、娘は咳き込み、息子は頭が痛いという。
娘は微熱で、息子は38度ちょっと。
病院で2人ともインフルエンザと診断。
同時期に発症してるのに、一人がAで一人がB。
違うところから感染してる。
だけど、ウチは予防接種を受けてないからもう今日は
普通に熱も下がって風呂にも入っている。
問題はこの後、大人にくるのかどうか・・・・
ヘタすると私の週末の予定がすっ飛ぶ。
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一昨日辺りから、娘は咳き込み、息子は頭が痛いという。 娘は微熱で、息子は38度ちょっと。 病院で2人ともインフルエンザと診断。 同時期に発症してるのに、一人がAで一人がB。 違うところから感染してる。 だけど、ウチは予防接種を受けてないからもう今日は 普通に熱も下がって風呂にも入っている。 問題はこの後、大人にくるのかどうか・・・・ ヘタすると私の週末の予定がすっ飛ぶ。
犯罪者の家や家族を特定して公表したりすることが いかに愚かで恥ずべき行為かよく解る本でした。 加害者家族支援をなされてる方にはほんとに頭が下がります。 人は憎悪に取り付かれる見えなくなってしまうことがあります。 「私の息子が人を殺しました」阿部恭子著より抜粋させて 頂きます。
加害者家族の支援において、日本より遥かに進んでいる欧米諸国では 犯罪者の子供やきょうだいをを対象としたケアが重要視されている。 親きょうだいが犯罪者になった子供たちが、ケアを受けずに 放置された場合、反社会行動に出る事例が多いことが 確認されてからである。
事件に無関係にあるにもかかわらず、犯罪者と血が つながってることを理由として受ける社会的差別は 自尊心を深く傷つけるだけでなく、社会への不信感を植え付ける。 加害者家族が、犯罪者の身内という烙印を押されることのないような 社会にしていかなければならないと私は考える。 なぜなら、私がこれまで経験してきた支援においては、 犯罪の背景には何らかの差別が存在したからだ。
差別という逆境をバネに成功を手に入れる人もいる。 しかし、成功に辿り着くまでにはかなりの苦労、言い換えれば 「無理」があったはずだ。 ありのままの姿を社会は受け入れてくれない。 特別な存在でなければならない、人一倍努力しなければならない という社会不信から生まれる脅迫観念により、 自分を否定して無理をしてきたのではないかと思われる。
人は他人に対して、自分が受けてきたような対応しか できないのではないだろうか。 知らず知らずのうちに無理をしてきた人は 家族という身近な人たちにも無理を強いてしまっているのだ。
身内が事件を起こすということは、残された家族に大きな衝撃を 与えるもので、それだけで加害者家族は充分傷ついてる。 それに追い打ちをかけるように社会的制裁を加えられることは 加害者家族を追いつめ、罪を犯した人が更生するための 重要な機会や更生の支え手を奪うことになりかねない。
大きな犠牲を出した事件であればあるほど、加害者の更生に 家族の存在は不可欠である。 加害者本人のケアなど、加害者家族が担うべき役割が 数多くあるにもかかわらず、地域から追い出され誹謗中傷が 繰り返されるばかりでは、家族への愛情や社会への信頼が 憎悪に変わっても不思議ではない。
事件後加害者家族を排除するのではなく、加害者家族にしか できない役割を全うできるよう導くのが 社会の責任ではないだろうか・・・
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