空蝉の如く我もここにありきと・・・
あまりに個人的な生活の足跡です。
可愛い2人の息子娘虎の子ちゃんとだるまちゃん、
そして凛として何でもこなす妻。
齢を重ねても精神的にパンクでソウルフルでいられるのは
この人たちのおかげなのです。
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何故、ナガサキはヒロシマの影にあるのか?
category: 人殺し反対 | author: とらひげ

長崎の平和祈念式典の記事を読んでる私を見て
娘が、えっ長崎にも原爆が落ちたの?
学校で習ってなければ、こういう認識の子は結構いるだろう。
広島原爆ドームのようなシンボリックなものを残さなかったからか・・
実際、あの天を指差した長崎の巨人像は敗戦から10年後に
新たに建てられたもので、そこで行なわれる式典は
爆心地から背を向けて行なわれてきた。

 

だけど1958年までは長崎にはそのシンボリックな被爆建造物が
あった・・旧浦上天主堂。
明治時代になり、禁教令が解けると弾圧に耐えたキリスト教信者たちが
建てた大聖堂。それが20年後原爆によって破壊されてしまった。
それも正面と側面の壁の一部は残り、その廃墟は人々を
厳粛にさせずにはおかなかった。
一時はこれを保存するための計画があったが・・

 

55年アメリカのセントポール市が長崎に姉妹都市提携を
打診してきたことにより、流れは変わってしまう。
当時の田川務市長が視察渡米後に考えを変えてしまう。
前年にはビキニ環礁、核実験を繰り返していたアメリカが
これ以上の反核運動を嫌ったとも言われてる。
その後、アメリカの支援により長崎にはいろんな文化施設もできた。
復興を考えたとき、アメリカを頼らずにはいられなかった。
そして、浦上天主堂は建て替えられてしまった。

 

週刊金曜日2017年8月18日号
「ナガサキは米国の核政策に屈したのか」を参照しました。

スクリーンショット 2017-08-22 5.56.19.png

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