空蝉の如く我もここにありきと・・・
あまりに個人的な生活の足跡です。
可愛い2人の息子娘虎の子ちゃんとだるまちゃん、
そして凛として何でもこなす妻。
齢を重ねても精神的にパンクでソウルフルでいられるのは
この人たちのおかげなのです。
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< August 2018 >>
RECOMMEND
Land of Milk and Honey
Land of Milk and Honey (JUGEMレビュー »)
Eliza Gilkyson
ジャケットからくるイメージ、王道のカントリー声で歌われる曲の良さ。他のアルバムもいいですが私にはこれが最初に出会ったアルバムなのでお気に入りです。
<< 年寄りの方がやばいと思う | main | 15歳の夏 >>
原発事故時は決死隊が必要となるがその覚悟があるのか?
category: 広めたいこと | author: とらひげ

最近では原発事故を想定して形ばかりの一般の避難訓練、計画等を

行っているが、原発従事者に現場を死守する覚悟はあるだろうか?

その責任について問いたい。

 

写真はチェルノブイリの15センチの鋼鉄の圧力容器を溶かして

出てきた「象の足」とよばれる溶岩のようなデブリ。

 

高線量を理由に手動ベントを諦めて、爆発を受容するしかないと

考えること、原子炉の冷却手段がなくなったら原発を放棄して

爆発と放射性物質の飛散があろうとも後は成り行きに任せようという態度は

原発という技術体制を指揮し、運転していく際に許される事であろうか。

 

 

一般市民から千人または万人単位の死者を出す事態を防ぐためには

数十人、数百人の原発関連従事者の生命を犠牲にしてもやむを得ない

という前提が必要なのではないか。

これが原発の本質である。

 

つまり一般の生産設備とは違って、原発の場合は設備の放棄や

労働者の避難退避は、最適解でない。

一般生産設備と原発では求められる業務の責任範囲が違っている。

この判断基準の相違を認識しないために多くの議論が混迷しきた。

1F事故において、故吉田所長以下、現場スタッフはよくやった、

という評価が少なくないが、それは一般生産設備の従業員としての

見方である。原発の判断基準で見ると死者を出してもベント作業を

完遂しなければならなかったのではないか。

 

原発で働く人々の労働規約は、軍人、警察官、消防士などのように

職務遂行のためには生命の危険を曝すという事は前提にしていない。

そのため、東電の経営者も労働者も原発を放棄して自分たちの

命を救う事が当然だというスタンスである。

 

原発を運用してる組織がこのような心的態度であるならば

彼らに原発運転の資格があるだろうか?

市民は彼らに運転を任せられるだろうか?

さらに、運転を任せるに適した組織がこの日本に存在するだろうか?

存在しないのなら至極、原発を日本に設置する事は許されない。

 

事故時の危険な職務は誰が負うのか?原発の従事員か?

自衛隊か消防隊か?またその危険な仕事を命ずるのは電力会社経営陣か

政府なのか?そしてそれがどの程度の拘束力があるのか?

こういう問題は、あらかじめ決められていなかったし、

現在再稼働に向けて進行中の規制審査でも、過酷事故時の

労働規約は議論されていない。

すなわち、安全神話が原発の飛び抜けた危険性を一般生産設備並みの

危険性として過小評価する役割を果してきた。

 

予めそのような規定がなく、「想定外」という言い訳がなされた

ところには、原発事故が実際に発生し、その必要性が突然現出した。

その備えのない事業者の態度は「無責任」としかいいようがない!!

 

「原発は終わった」筒井哲郎 著を参照の事

 

2018年5月11日 18:30〜19:30

浜松駅北口JR敷地外広場

「さよなら原発の夕べ 浜松」

 

20150410193052-1.jpg

comments(0) | trackbacks(0) | - | - | PAGE TOP↑






この記事のトラックバックURL : http://torahigebeast.jugem.jp/trackback/6320
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
LINKS
PROFILE
OTHERS
SEARCH