2018.07.13 Friday/07:21 |
例外状態の常態化はどこまでも続く |
年間20ミリシーベルトで避難指示解除。
去年2月に行われた浪江町住民懇談会では
原子力災害現地対策本部長の後藤氏が冒頭・・
「皆様のふるさとでの生活を再開する環境がおおむね整ったと
考えております。国としては町や議会と相談の上
最終的には解除を3月末に行うか判断したい。
解除は復興に向けての新たなステージの第一歩です。
町民と一緒に復興を進めていきたい・・」
参加した住民からは
「自分の孫や子供を連れて、帰還住宅に住めるのか!!」
などの怒号がとび、後藤氏は苦い顔をしたが、
すかさず隣のエネ庁の職員がマイクを掴んで
「来年中には富岡町に移り住んで、そこで頑張っていきたいと
思います・・」とフォロー。
そこで場内は静まったが・・
後で、その職員を捕まえ話を訊くと家族を置いて単身で官舎に
住むそうだ。
結局、「俺だって我慢してそこに住むんだ」という意識。
何のための復興なのか全く意味不明。
「地図から消された街」青木美希著を参照。