空蝉の如く我もここにありきと・・・
あまりに個人的な生活の足跡です。
可愛い2人の息子娘虎の子ちゃんとだるまちゃん、
そして凛として何でもこなす妻。
齢を重ねても精神的にパンクでソウルフルでいられるのは
この人たちのおかげなのです。
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脱原発の哲学
category: 文学歴史の20 | author: とらひげ

この本で着目すべきは原発を推進する人たちがどうして

そんな考えに至ったか、科学や産業革命に押し流されてた

歴史的背景を踏まえ、現代311後に至るまでのことが

書かれている。絶対否定できる内容ではない。

政府の棄民政策は明らか。

以下は被ばく避難および帰還政策についてを抜粋・・

 

セキュリティ権力は、経済的社会的コストの膨大化を避けるため

低線量被ばくによってある程度の人間がガンで死亡する可能性を

許容する。つまり、新自由主義権力であるセキュリティ権力は

コスト・ベネフィット計算に基づいて、人口全体のレベルの

経済的社会的利益を優先し、一定数の「棄民」を

死ぬに任せるのである。

 

政府による避難指示区域の設定基準が、単に放射能のもたらしうる

発ガンリスクの関係において、決定されているものではなく

むしろ経済的、社会的コスト計算を優先して決定されている。

政府が発がんリスクとの関係で最も安全な数値に従って

避難指示区域を決定するなら、年間被ばく1ミリシーベルトを

死守するのが当然だろう。

しかし、そのような避難指示区域の設定ではあまりに

経済的、社会的コストがかかり過ぎる。

 

したかって、中間的には年間被ばく限度量を20ミリシーベルトに

緩和し、膨大化するコストを避けている。

それはとりわけ、人口密集地域であり、経済的社会的に

重要な都市であり、同時に汚染が深刻な地区を含む福島市と

郡山市をほ難指示区域から外す、という政府の決定において

明確に現れている。

 

このようなセキュリティ権力のメカニズムが新自由主義的な価値観に

依存している点に留意する必要がある。

法的権力や規律権力は、権力の網目をできるだけ小さくして

自らの管理範囲内から一つもこぼれ落ちないように目指すという

統制的な価値に依拠している。

それに対してセキュリティ権力は、新自由主義的な価値に依拠しつつ

すべての主体を自らの管理範囲内に収める事はむしろ

経済的社会的にコストがかかり過ぎて好ましくないと考える。

 

したがって、セキュリティ権力は、自らの管理範囲からこぼれ落ちる

主体が一定数存在する事を積極的に容認し、コスト・ベネフィット計算に

基づいて社会的コストとベネフットが均衡する点を決定し

それを限度量を設定するのである。

 

 

 

 

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