空蝉の如く我もここにありきと・・・
あまりに個人的な生活の足跡です。
可愛い2人の息子娘虎の子ちゃんとだるまちゃん、
そして凛として何でもこなす妻。
齢を重ねても精神的にパンクでソウルフルでいられるのは
この人たちのおかげなのです。
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原爆被爆体験の継承は何故必要か?
category: - | author: とらひげ

広島で出会った被爆者達は、たびたび戦時中の教育について

言及していた。

彼らは日本というお国のために子供ながらも

一生懸命に働いた。

そして教え込まれた事を疑う事なく働き、最期には原爆にあった。

「正しい」と教え込まれたことを信じ、遂行した結果、自分が傷つき

家族を失い、今に至るまで苦しむ事になった。

 

このような被爆者の経験や語りに対峙するならば、聞く側は

批判的思考の重要性を理解する事になる。

「正しい」とされてることをそのまま受容するのでなく、

批判的に省みる態度こそ、私たちが被爆者から学ぶ事が

できるのではないだろうか。

 

それは「被爆体験の継承」についての考え方も変える事になる。

批判的態度に基づくならば、私たちはなぜ「被爆体験継承」を

しなくてはならないのかを問う事になる。

原爆の体験を聞くのは、それが大事だからでなく

なぜそれが大事なのかをカ・ン・ガ・エ・ルために聞くのだろう。

このように考えるならば「被爆体験」を遺産として捉え

そしてそれを何の疑問もなく継承しようとすることは

継承にはならない。

私たちは思考停止に抗うことを被爆者から学ぶことをできるにも

関わらず、ただ「継承」を規範としてそのまま受容することは

思考停止を支えてしまうことにもなるのだ。

 

「ヒロシマ・パラドクス」 根元雅也 著より

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